
ハウスクリーニングの仕事に携わって、もう何年が経っただろう。
初めてユニフォームに袖を通し、モップやブラシを持って現場に入った日の緊張感は、今でも忘れられない。
あの日から、どれだけ多くのお部屋を掃除してきただろう。
水垢に悩むお風呂場。カビがこびりついたエアコン。引っ越し前の空っぽの部屋。
そして、それぞれの「汚れ」の向こうにいたお客様たちの表情。
今日は、そんな日々の積み重ねの中で感じた、プロとしての在り方について、少しだけ書かせてもらいたい。
目次
■ 技術だけではプロになれない
掃除の腕前。それはもちろん、ハウスクリーニングの根幹だ。
汚れの種類に応じた洗剤の選び方、道具の使い分け、素材への配慮。
細かい作業にどれだけこだわれるかは、経験と勉強の積み重ね。
確かに、こうした**「技術」や「知識」**がなければ、お金をいただく仕事にはならない。
けれど、何年も現場に立ち続けて、つくづく思うことがある。
技術だけでは、「本当の満足」は提供できない。
掃除の仕上がりが100点でも、接し方が雑だったら、そのお客様はどう思うだろうか。
どんなに新品のように仕上げたキッチンでも、「あの人、なんか感じ悪かったな」と思われたら、その仕事は完璧とは言えない。
それは、僕らが「モノ」ではなく、「人」のために働いているからだ。
■ お客様の“本当の悩み”は、目に見える汚れだけじゃない
「換気扇の油汚れが気になるんです」
「洗濯機の匂いが取れなくて…」
「ベランダが鳩のフンで大変で…」
依頼のきっかけは、たいてい“具体的な汚れ”だ。
でも、その裏には、もっと複雑で、繊細な事情が隠れていることもある。
「介護で手が回らなくなってしまって…」
「シングルで子育てしていて、なかなか掃除まで手が回らないんです」
「最近、気持ちが沈んで、部屋を片付ける気力がなくて…」
お客様は、全部を言葉にできるわけじゃない。
けれど、表情や声のトーン、部屋の空気感の中に、**「困っている気持ち」**が確かにある。
プロとして本当に大切なのは、その声にならない“本音”に気づけるかどうか。
お風呂の水垢を落とすことがゴールじゃない。
「きれいになったから、久しぶりに湯船に浸かろうかな」
そんな気持ちにさせることが、僕たちの本当の仕事なんだと思う。
■ 敬意を持って接するということ
「うち、ちょっと汚くて…恥ずかしいんですけど」
そう言って、目を伏せるお客様がたまにいる。
でも僕は、決してその空間を“汚い”とは思わない。
むしろ、「ここまで我慢して、ようやく頼ってくれたんだ」と感じる。
だからこそ、お客様への敬意を大切にしたい。
家に上がるときの一礼、道具の置き方、ちょっとした会話の節々。
「お部屋、丁寧に使われていたんですね」
「この間取り、光がよく入って気持ちいいですね」
ほんのひと言でも、その人の空間に敬意を払うことができる。
そしてそれは、お客様の気持ちを少し軽くする力がある。
ハウスクリーニングって、たしかに“物理的な掃除”ではある。
でも、もう一歩踏み込めば、“心の掃除”にもなるんじゃないかと思ってる。
■ プロとしての誇りとは何か
正直、ハウスクリーニングは派手な仕事じゃない。
誰かに注目されることもないし、SNSでバズるわけでもない。
だけど、誰かが確実に「助かった」と思ってくれる仕事だ。
終わった後に、「ありがとう、すごく気持ちがラクになりました」
そんな一言をもらえるとき。
どんな高圧洗浄機よりも、自分の心が洗われる瞬間がある。
プロって、道具や洗剤を上手く使える人じゃない。
その空間に、心と敬意を持って向き合える人。
僕は、そんなプロでありたい。
■ 最後に──目の前の“汚れ”の奥にあるものを見つめること
今、掃除という行為は「コスパ」や「効率」で語られることも多い。
それも大事だ。時間もお金も、有限だから。
でも僕らが忘れちゃいけないのは、その空間に“人が暮らしている”という事実。
今日までどう暮らしてきたか。
どんな事情があって掃除ができなかったか。
どんな思いで、この部屋をキレイにしたいと思ったのか。
その背景に目を向けること。
言葉にならない声に、耳を澄ますこと。
それが、ハウスクリーニングの「プロ」になるということ。
掃除は、ただの作業じゃない。
人と向き合う、心の仕事なんですね。